2日目

朝ごはんは御粥と饅頭(具ナシ、味ナシ)、それにおかずとして昨日カルフールで買った漬物三品(ピーナッツのと茄子のとニンニクの酢漬け。どれもわりと日本人も食える味。ニンニクの酢漬けはラッキョウと全く同じ味がする)、鴨の卵塩漬け(ピータンをもっと塩辛くして、色も白と黄色いままな感じ。御粥と食べると美味)、ソーセージ(日本で食べる奴より固くて、甘いサラミっぽい。まぁイロイロ種類はあるみたいなんですけど)。

瀋陽秋葉原

食後、電気街を見せてくれるというので電気街まで散歩。秋葉原というより日本橋かなぁ…でも流石にまだ前面に萌え文化は出てきてません。場所によるらしいけど。

ちょっと面白いなと思ったのはビルが1つの大型小売店舗として機能しているのではなく、間仕切りされないテナントスペースとして貸し出されていること。もともと露天だったのが店に入った感じかな。まだまだ小規模小売が強い社会みたいです。
だからMP3プレイヤーにしてもパソコンにしても同じ商品が同じフロア内で無秩序に並んでてお客に優しくないかんじ。まさに市場。
フロアによって売ってるもののジャンル(パソコンとかMP3とか家電とか)は違うんだけど、特徴的なのは「海賊版フロア」があること。正式にはソフトフロアなんだろうけど。うわー…正規の商品を売る店の横で海賊版売られまくり。映画からアニメからソフトからゲームまで…凄い。ちなみにwindows XPphotoshopもpremiumもドラゴンボール全話収録パックも洋画もAVも全部それぞれ10元未満(140円くらい)。ソフトの類なんて正規で買ったら10万近くしたりするものまであるのに、すげー暴挙。こりゃここで仕入れて秋葉原で数千円で転売したくもなるってもんだね☆

東北大へ

そんなわけでふらふらと電気街を探索後、この地域最大?の東北大学へ。現地での略称は東大。張学良が作ったそうです。感覚的には旧帝大だとか。とにかくキャンパスが馬鹿でかい。端から端まで徒歩30分。そこを張作霖爆殺とか張学良と蒋介石の話とか魯迅だとかの話をしながら散歩。高校時代に蓄えた知識を掘り起こしつつ。意外にやったことってのは覚えてるもんだなぁ。

張さんの実家へ

東大の正門で張パパが運転する車で拾ってもらい、向かうは張パパの実家へ。実家は工場でした。じーさまが社長をしてるそうで、電気モーターのメーカー。工場内見学をさせてもらい、昼飯。

料理の量が尋常じゃない再び。パーコー(豚バラのスペアリブ)、淡水魚の煮魚、野菜炒め3種、胡瓜の漬物、鶏丸焼き?、茹でエビなどなど。映像でお伝えできないのが残念です。日本人でも美味しく頂ける味。で、しこたま食って腹いっぱいになったと思ったら餃子が山ほど出てきました。食っても食っても補充されるエンドレス。皮から自家製だそうで、凄く美味しい。とにかく皆して「食え食え」言うからひたすら食べましたとも。
ちなみに今日(9月18日)は満州事変の日(現地では9・18記念日)。なんかビミョーにそういった話とか小泉関係とか靖国問題とかも話題に挙がっていたみたいですが、張さんが上手く処理。友好的な感じで終了。お土産にお祖母ちゃんが高そうな月餅を一箱くれました。

本場の四川料理とは?

晩御飯は四川風のお店へ行きました。色々食えて嬉しいけど腹がもたないっつー…。
四川風の料理は赤唐辛子の方が具材より多いというミラクル。なんというか、唐辛子。「唐辛子」というのが名詞ではなく形容詞、もしくは動詞として機能しそう。
とうがらさない、とうがらします、とうがらすとき、とうがらす、とうがらせば、とうがらせ、とうがらそう。


ただ、思ったより刺激は強くなく、じんわりと舌がラリっていきます。というか、四川料理は辛いのではなく、痺れるんです。それがホンモノらしいです。
名も無い魚(調理している方も名前を知らないらしい)の水煮(水煮とは名ばかりで油の層ができるくらいの油、その上には唐辛子と花椒の膜!が張っている)、鶏と唐辛子と花椒の素揚げ(多分そのまま油を通して、引き揚げた)、キャベツの油と唐辛子炒め(最初は辛く感じるけど、その他のものを食っているうちにこれが唯一の救いとなる)などなど。あと鴨の舌とかいう珍しいものも食べた。コリコリしてて美味しいけど見た目は舌の形がまんま残ってる。

中山広場とアンチ

食後の足で中山広場へ。中山ってのは孫文のことらしいんですが、広場の中心に聳え立つのは毛沢東と人民解放の像。
http://web1.incl.ne.jp/motofuji/contents/topic/topic/04-1-24/08.JPG←これ
なんというか、その臨場感に圧巻されつつ、本気で社会主義万歳な状態だったんだなぁと感心。水と筆で路上に文字を書く人がいたり、子供がそこらへんを走り回ったりと午後9時なのに結構な賑わい。ただ、9・18記念日なので少し警戒して、露骨な旅行者風の行動は慎むことに。
面白いことにこの広場には英語を喋りたい人が集まって知らない人同士で井戸端会議をしてる。ちょっと日本では見られない光景(あってもここまでの活況となるかどうか)で感心。少し離れたところに日本語で喋る集団もあって、机上の勉強だけではなく外にて実践する場があることは凄いなぁと。んで、英語の練習とかも兼ねて張さんから広場の中央にある毛沢東像の説明を英語で受ける。毛沢東の立像の土台部分を一周すると革命がストーリー立ててわかるようになっとります。最初は労働者と農民とインテリが手をとりあってるのに、最後にはインテリの姿が無くなってるのに苦笑。んで、その後は英語を喋るコミュニティに混じってみたり日本語をやたらと上手に喋る中国人と喋ってみたり。なかなかいい。にしても誰もが「日本人には見えない」と口を揃えます。中国の人が抱く日本人のイメージが「白い、目が細い、痩身、チビ」だそうで。どれも当てはまらないmokuは溶け込んでしまっているそうで…。
そんなことをしているうちにサイレン開始。9月18日21時18分になると、満州事変を忘れるなということで3分間軍事用のサイレンが鳴るんです(実際の勃発は22時ごろ)。結構な音量で、あたりの雰囲気も一変。おそらく加害者とみなされるのであろう側としては複雑な気分。中山広場に集まっていた人たちも近くの公安局の前に集い始めるし、近くを通過中の車はサイレンに同調してクラクションを鳴らすし…多分このタイミングで日本人だとバレるのはよろしくないんだろうなぁと肌で感じる。

鳴り終わったところで帰途。途中、今まで水と筆で漢詩とかを書いていたおっちゃん達が小日本とか書いてるのを見てやや凹む。うーん…この温度差。こりゃナカナカ埋まら溝なんだろうなぁ。でも観光客だとめったにゃ見れない光景を見れてよかった。
帰宅後、ウーロン茶を飲みながら月餅を食べる。9月18日は満州事変の日でありつつ、同時に秋月節。日本で言う中秋の名月らしく、月の形をした月餅を食べるのが習慣だとか。そういえばカルフールにも大量の月餅が並んでたなぁ。月餅も餡子、ゴマ餡、あと玉ねぎとかが入ってて甘くないものまで色々ある。ただ、流石に1個が200gくらいなので2個食べればお腹いっぱい。つーか中国来て以来空腹を感じた瞬間がありません。美味しいからいいんだけど、腹をふと見て嘆息。→風呂入って就寝。